

野兎八兵衛(のうさぎ はちべえ)です。国家資格「総合旅行業務取扱管理者」を持つ旅のプロが、水戸の偕楽園とその周辺の見どころを案内し、偕楽園を含めた旅行プランの作り方を説明します。
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見どころガイド:水戸・偕楽園の歴史と文化を知り、旅先の魅力を読み解く
偕楽園といえば、まず梅の名所を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
しかし、偕楽園の魅力は、約100品種3,000本の梅や美しい庭園の景観だけではありません。
偕楽園を造った水戸藩第9代藩主の徳川斉昭(とくがわ なりあき)は、偕楽園が開園する前年に藩校「弘道館(こうどうかん)」を開設しています。弘道館で学問や武芸に励み、その合間に偕楽園で心身を休める。斉昭は、この二つの施設を「学び」と「憩い」の役割を担う場所として考えていました。こうした歴史的背景を知ってから偕楽園を歩くと、梅林や好文亭、竹林、見晴広場なども、単なる観光スポットとは少し違って見えてきます。
偕楽園とは:日本三名園として受け継がれる水戸の庭園
日本三名園のひとつとして知られる偕楽園
偕楽園(かいらくえん)は、茨城県水戸市にある日本を代表する庭園のひとつで、金沢の兼六園、岡山の後楽園とともに、一般に「日本三名園」と呼ばれています。いずれも規模が大きく、池が配された園内を順に散策して楽しむ「池泉回遊式庭園」(ちせんかいゆうしきていえん)という点でも共通しています。
偕楽園を造ったのは、水戸藩第9代藩主の徳川斉昭(1800(寛政12)~1860(万延元)年)です。1841年(天保12年)に造園工事が始まり、翌1842年(天保13年)に開園しました。偕楽とは「古の人は民と偕[とも]に楽しむ、故に能[よ]く楽しむなり」という中国古典「孟子」(もうし)の一節を引用したもの。愛民精神を持つ徳川斉昭によって、偕楽園は江戸時代の当初から、毎月「三」と「八」が付く日には、領民に開放されていたと言われています。江戸時代の大名庭園には、藩主や限られた人々が利用するものもありました。その中で偕楽園は、藩士だけではなく領民にも利用する機会が設けられていた点に特徴があります。
現在では梅の名所として広く知られていますが、園内には梅林だけでなく、竹林や泉、徳川斉昭が設計に関わった好文亭、千波湖方面を望む見晴広場などがあります。こうした場所を一つずつ見ていくと、偕楽園が単なる花の名所ではなく、斉昭の考えを形にした庭園であることがわかってきます。
現在の偕楽園:都市公園・文化財・日本遺産として受け継がれる
偕楽園は、1842年に開園した江戸時代の庭園でありながら、現在も水戸を代表する観光地であり、市民の憩いの場として多くの人に利用されています。
現在の偕楽園周辺には、本園だけではなく千波湖周辺を含む広い緑地が広がり、市民が散策や休息を楽しむ都市公園としての役割も担っています。一方で、その歴史的・文化的価値も高く、文化財として保護されているほか、弘道館などとともに、水戸に受け継がれてきた教育文化を伝える場所として評価されています。
2011年(平成23年)の東日本大震災では、好文亭をはじめ園内各所が被害を受けました。その後、修復や復旧工事が進められ、現在へと受け継がれています。2015年(平成27年)には、弘道館などとともに「近世日本の教育遺産群―学ぶ心・礼節の本源―」を構成する文化財のひとつとして、日本遺産に認定されました。
偕楽園は、その設立時の「多くの人とともに楽しむ」という考えが、現在に至るまで生き続けている希有な場所といえます。
偕楽園の歴史と成り立ち:「学び」と「憩い」を形にした庭園
水戸徳川家と城下町・水戸:偕楽園が生まれた歴史背景
水戸は、江戸時代に徳川御三家のひとつである水戸徳川家が治めた城下町です。水戸徳川家の初代は、徳川家康の11男である徳川頼房(とくがわ よりふさ)です。1609年(慶長14年)に水戸藩主となり、その後、水戸城を中心に城下町が整えられていきました。
水戸藩の特徴のひとつが、学問を重視してきたことです。第2代藩主の徳川光圀(とくがわ みつくに)は、『大日本史』の編さんを始めるなど、歴史や学問の振興に力を入れました。こうした学問を重んじる風土は、その後の水戸藩にも受け継がれていきます。
偕楽園が生まれた時代:江戸時代後期の社会と水戸藩
江戸時代後期になると、水戸藩を取り巻く状況は大きく変わりつつありました。
偕楽園が造られた1840年代は、江戸時代も後半に入り、幕府や各藩がさまざまな課題に直面していた時代です。天保期には飢饉や農村の疲弊など社会不安が広がり、各地の藩でも財政や藩政の立て直しが求められていました。また、日本近海には外国船が姿を見せるようになり、幕府や諸藩にとって海防も重要な問題となっていきます。
水戸藩も例外ではありませんでした。財政を立て直すだけでなく、これからの時代に対応できる人材を育て、軍備や海防を整える必要がありました。こうした時代背景の中で1829年(文政12年)に水戸藩第9代藩主となったのが、徳川斉昭です。
偕楽園を「梅の名所」としてだけ見るのではなく、社会や国のあり方が大きく変わり始めた時代に造られた庭園として見ると、その役割がよりわかりやすくなります。
徳川斉昭とは:幕末の水戸藩を改革した第9代藩主
藩主となった斉昭は、財政改革や軍備の強化、人材育成など、さまざまな藩政改革を進めていきます。
1853年(嘉永6年)にアメリカのペリー提督が浦賀に来航し、これをきっかけに、大型船の建造が解禁されました。幕末期には、水戸藩だけでなく、日本各地で西洋式の船や軍艦の建造が進められていました。江戸幕府は、水戸藩に命じ、斉昭は江戸・石川島に造船所を設け、洋式帆船「旭日丸」の建造を進めました。
薩摩藩では、1854年(安政元年)に薩摩藩主・島津斉彬が、桜島東側の瀬戸村造船所で日本初の洋式軍艦「昇平丸」の建造を開始しました。桜島を訪ねる旅のガイドとプランの記事で、瀬戸村造船所に触れています。
徳川幕府自ら浦賀造船所を設置し、浦賀奉行所に鳳凰丸の建造を命じます。横須賀ドブ板通りを訪ねる旅のガイドとプランの記事で、浦賀造船所について触れています。
徳川斉昭はなぜ弘道館と偕楽園を造ったのか
斉昭は、こうした海防や軍備の整備と並んで、教育を重視しました。将来の水戸藩を支えるためには、制度や軍備を整えるだけではなく、それを担う人材を育てる必要があると考えたのです。
斉昭が人材育成の中心として造ったのが、1841年(天保12年)に開設された藩校「弘道館」です。弘道館では、儒学などの学問だけではなく、武術、医学、天文学など幅広い分野を学ぶことができました。単なる学校というより、水戸藩の将来を支える人材を総合的に育てるための教育施設だったといえるでしょう。しかし、斉昭は学問や武芸に励み続けるだけでは十分ではないと考えていました。
斉昭は弘道館の開設に先立つ1833年(天保4年)ごろから、千波湖を望む場所に庭園を造る構想を進めています。学ぶときにはしっかり学び、休むときには心身を休める。その両方があってこそ、人は健全に成長できるという考えです。そして弘道館が開設された翌年の1842年(天保13年)、水戸の千波湖(せんばこ)に望む七面山(しちめんやま)を切り開き、偕楽園を開設しました。

弘道館と偕楽園を結ぶ「一張一弛」の考え方
弘道館と偕楽園は、たまたま同じ時期に造られた「学校」と「庭園」ではありません。
この二つの施設の関係を理解するうえで、知っておきたいのが「一張一弛(いっちょういっし)」という考え方です。「張」は弓の弦を張ること、「弛」は弦をゆるめることを意味します。弓の弦は、常に張ったままでは傷んでしまいます。反対に、ゆるめたままでは弓として使うことができません。
斉昭は、学問や武芸に励む弘道館を「一張」、その合間に心身を休める偕楽園を「一弛」と位置づけました。人の生活も同じように、緊張する時間と休息する時間を適度に組み合わせることが大切だという考え方です。
江戸時代の制度をそのまま現代の働き方を単純に比べることはできませんが、現代の言葉でいえば「ワークライフバランス」につながる考え方ともいえるのではないでしょうか。
水戸を訪れる際には、偕楽園だけでなく弘道館にも足を運んでみるとよいと思います。弘道館の引き締まった「学び」の空間と、偕楽園のゆったりとした「憩い」の空間を実際に歩き比べることで、斉昭が考えた「一張一弛」をより実感できるのではないでしょうか。
幕末から明治維新へ:水戸藩は日本の転換期にどう関わったのか
水戸藩では、第2代藩主・徳川光圀(1628年(寛永5年)-1701年(元禄13年))が始めた『大日本史』の編纂を背景として、歴史や政治について考える水戸学が発展しました。
江戸時代後期になると、水戸学は藤田幽谷や会沢正志斎、藤田東湖などによって深められ、天皇を尊ぶ考え方と、外国から日本を守る海防の考え方が結びついていきます。こうした後期水戸学は、幕末に広がった尊王攘夷思想の理論的な背景のひとつとなり、水戸藩の外にも影響を与えました。
徳川斉昭が藩政改革の中で教育を重視し、弘道館を設けたことも、こうした時代背景と無関係ではありません。弘道館は単に藩士が学問を学ぶ学校ではなく、政治や社会の現実に向き合う人材を育てる場所として構想されていました。
偕楽園が開園した1842年(天保13年)から十数年後、1853年(嘉永6年)、アメリカのペリー提督が浦賀に来航し、開国を求めました。これ以降、日本は開国をめぐる政治的な混乱の時代へ入っていきます。
1856年(安政3年)には、斉昭の命を受けて、水戸藩医で能書家であった松延年(まつのべ ねん)が「尊攘」の文字を揮毫しました。現在、弘道館の諸役会所(来賓控えの間)に、その掛け軸が掲げられています。

安政の大獄から天狗党へ:水戸藩を揺さぶった藩内対立
しかし、水戸藩が幕末の政治に強い影響を持つようになる一方で、藩内の対立も深まっていきました。
1858年(安政5年)、幕府が外国との条約締結や将軍継嗣問題をめぐって揺れるなか、徳川斉昭らは幕府の政策と対立します。大老・井伊直弼による安政の大獄では、斉昭や水戸藩主・徳川慶篤らも処分を受けました。
1860年(安政7年/万延元年)3月には、水戸藩を脱藩した浪士らが井伊直弼を襲撃する桜田門外の変が起こり、井伊直弼は暗殺されました。同年8月、徳川斉昭は蟄居処分が解けないまま、水戸で病気により急逝しました。
斉昭が亡くなると、水戸藩内では政治方針をめぐる対立がさらに激しくなりました。尊王攘夷を強く主張する勢力や穏健派、幕府との関係を重視する諸生派などが対立し、藩内の争いへと発展していきます。政治方針をめぐる対立は次第に激しくなり、最終的には武力衝突にまで発展しました。
1864年(元治元年)には、藤田小四郎らが筑波山で挙兵し、いわゆる天狗党の乱が起こりました。天狗党は京都へ向かおうとしましたが、最終的には越前・敦賀で降伏し、多くの参加者が処刑されています。
徳川慶喜と大政奉還:水戸藩が残した複雑な足跡
幕末の水戸ともう一人深く関わる人物が、徳川斉昭の七男として生まれた徳川慶喜です。
慶喜は幼い頃を水戸で過ごし、弘道館でも学びました。その後、一橋徳川家を継ぎ、1866年(慶応2年)には江戸幕府第15代将軍となります。翌1867年(慶応3年)、慶喜は政権を朝廷に返す大政奉還を行いました。しかし、明治維新を迎えたあとも水戸藩内の対立は収まらず、1868年(明治元年)には弘道館周辺でも戦闘が起こりました。
水戸藩から生まれた思想や人材が幕末の政治に大きく関わった一方で、水戸藩そのものは激しい藩内抗争によって多くの人材を失いました。水戸藩は、幕末の思想や政治に大きな影響を与えながら、内部対立によって力を消耗し、複雑な形で明治維新を迎えた藩と捉えることができるのではないでしょうか。
1871年(明治4年)の廃藩置県によって水戸藩は廃止されますが、水戸はその後も茨城県の県庁所在地として、地域の政治・行政の中心となっていきました。現在の弘道館に残る建物や史跡を見ると、ここが教育の場であっただけでなく、幕末から明治へと続く政治的対立の舞台にもなったことがわかります。
回天館・回天神社:天狗党と幕末水戸の内紛を現地でたどる
幕末の水戸藩についてさらに深く知りたい方は、回天館(かいてんかん)と回天神社まで足を延ばしてみるとよいでしょう。
1864年(元治元年)の天狗党の乱では、幕府に降伏した天狗党の志士800余名が、越前・敦賀にあった16棟の鰊倉(にしんぐら)へ収容されました。その後、武田耕雲斎をはじめ、多くの人々が処刑されています。
1870年(明治3年)には、筑波山挙兵に関係して各地で命を落とした志士たちの墓が、現在の回天神社境内にあたる場所に建立されました。その後、1914年(大正3年)には、当時判明していた殉難志士をしのぶ「水戸殉難志士の墓」が整備されました。現在は371基の墓石が整然と並び、幕末の水戸藩で起きた激しい内紛を伝えています。
1933年(昭和8年)には、安政の大獄以後の殉難者を含む1,785柱を慰霊する忠魂塔碑が建てられました。その後、天狗党の志士たちが拘禁された鰊倉の一棟が敦賀から水戸へ譲られ、当初は常磐神社境内に移築されました。
1969年(昭和44年)には、明治維新100年を記念して回天神社が造営されました。
さらに1989年(平成元年)、鰊倉の建物は老朽化などを理由に、常磐神社境内から現在の回天神社境内へ移築され、回天館として保存されています。現在の回天館では、天狗党に関する資料などが展示され、扉や板壁には、拘禁されていた人々が残したとされる血書の文字も見られます。
弘道館が水戸藩の教育を伝える場所だとすれば、回天館と回天神社は、水戸藩の思想や政治的対立が幕末にどのような結果をもたらしたのかを伝える場所です。
幕末史に関心がある方は、弘道館・水戸城跡とあわせて巡ってみるとよいでしょう。
なぜ偕楽園には多くの梅が植えられたのか
偕楽園といえば、まず梅を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
現在の偕楽園には、約100品種、3,000本の梅が植えられており、早春になると園内をさまざまな色や形の花が彩ります。しかし、徳川斉昭が偕楽園に多くの梅を植えた理由は、単に花が美しかったからだけではありません。
梅は、寒さの厳しい時期にほかの花に先駆けて咲くことから、古くから気品のある花として親しまれてきました。厳しい冬を越えていち早く花を咲かせる姿は、春の訪れを感じさせてくれます。一方、梅には花を楽しむだけではなく、実を食料として利用できるという実用的な面もあります。梅の実は梅干しなどの保存食にすることができるため、斉昭はその実用性にも注目していました。
これは、偕楽園の成り立ちを知るうえでも興味深い点です。斉昭は、庭園を単に景色を眺めるためだけの場所として考えていたのではなく、学びや休息、さらには人々の生活にも目を向けながら造園を進めていました。
また、偕楽園の梅は品種が多いため、すべてが同じ時期に一斉に咲くわけではありません。早咲き、中咲き、遅咲きと開花時期が異なり、比較的長い期間にわたって梅を楽しめることも特徴です。梅の本数や品種、「水戸の六名木」、実際に園内でどのように梅を楽しむかについては、後ほど偕楽園の見どころとして詳しく紹介します。
偕楽園の見どころ:好文亭表門から「陰と陽」をたどって歩く
偕楽園には、梅林や好文亭、孟宗竹林、吐玉泉など、さまざまな見どころがあります。
しかし、偕楽園を初めて訪れるなら、個々の名所を見るだけではなく、好文亭表門から入り、「陰」から「陽」へと移り変わる景観を意識しながら歩くのがおすすめです。
偕楽園本来の正門は、敷地の北西側にある好文亭表門です。好文亭表門から園内に入り、一の木戸を抜けると、孟宗竹林や杉林に囲まれた、静かで落ち着いた空間が続きます。そこから東へ進み、好文亭付近までたどり着くと、景色は大きく変わります。視界が開け、見晴広場や梅林、千波湖方面を望む明るい景観が現れます。この静かな「陰」の世界から、開放的な「陽」の世界へと移り変わる景観は、偕楽園を歩くうえで注目したい大きな特徴です。
好文亭付近には、偕楽園を造った趣旨を記した「偕楽園記の碑」があり、園内の竹林や杉林などの静かな空間と、梅林や見晴広場などの明るく開けた空間を対比させながら歩くことで、徳川斉昭が庭園に込めた考えを実際の景色を通して感じることができます。
現在は、駅や主要な駐車場からアクセスしやすく、梅林へも近い東門を利用する観光客が多くなっていますが、初めて偕楽園を訪れるのであれば、好文亭表門から歩き始め、東門方面へ抜ける流れで巡ってみることをおすすめします。
所要時間の目安は、主な見どころを巡るだけなら約60分、好文亭の内部もゆっくり見学するなら約90分です。
好文亭表門:偕楽園本来の入口から散策を始める
偕楽園を歩くなら、まず訪れたいのが好文亭表門(こうぶんていおもてもん)です。
好文亭表門は、偕楽園の正門として造られた門で、黒く塗られた外観から「黒門」とも呼ばれています。松板葺きの切妻造りで、簡素ながら落ち着いた佇まいが印象的です。好文亭表門は1945年(昭和20年)の水戸空襲でも焼失を免れ、修理を重ねながら現在まで残っています。偕楽園の歴史を伝える建造物としても、見ておきたい場所です。

写真提供:偕楽園公式フォトライブラリー
孟宗竹林:静けさに包まれた「陰」の世界を歩く
好文亭表門をくぐってすぐ左手に広がるのが、孟宗竹林(もうそうちくりん)です。
ここには、国内最大級の竹である孟宗竹が1,000本以上植えられています。徳川斉昭が京都の男山八幡宮から移植したとされ、景観を楽しむだけでなく、有事の際には弓の材料として利用するという実用的な目的もありました。
竹林の向かい側には杉の大木群が広がり、年間を通して緑に包まれた落ち着いた景観をつくっています。この一帯は、偕楽園の中でも「陰」の世界を象徴する場所です。竹林の中を歩くと、外の明るさが少し抑えられ、風に揺れる竹の葉の音や木漏れ日、杉林との光の違いなどを感じることができます。梅林の華やかな景色を思い浮かべて偕楽園を訪れると、最初に現れるこの静かな空間を意外に感じるかもしれません。
しかし、偕楽園の「陰」は、単に暗く閉ざされた場所という意味ではありません。静かな景観の中をゆっくり歩きながら気持ちを落ち着かせ、その先に現れる明るく開放的な「陽」の景観との違いを感じるための空間でもあります。竹の葉が揺れる音や光の変化にも目を向けながら、少し歩調をゆるめて歩いてみてください。

写真提供:偕楽園公式フォトライブラリー
吐玉泉:自然の地形を生かした湧水を訪ねる
孟宗竹林を進んだ先にあるのが、吐玉泉(とぎょくせん)です。
偕楽園一帯はもともと湧水が豊富な土地で、徳川斉昭はその地形を生かして吐玉泉を整備しました。茶の湯などに使う水を汲む場所としても利用されたとされています。湧水を受ける白い井筒には、常陸太田市で産出される寒水石(かんすいせき)が使われています。現在の井筒は4代目で、一日に約100トンの水が湧き出ています。竹林や杉林の深い緑の中に、白い井筒と澄んだ水が浮かび上がる景観は、吐玉泉ならではの見どころです。派手な施設ではありませんが、周囲の地形や湧水まで生かして庭園が造られていることがわかります。
吐玉泉の水には、古くから「眼の病に効く」と伝えられてきました。あくまで伝承ですが、この泉が人々に親しまれてきたことを伝えるエピソードのひとつです。
写真提供:偕楽園公式フォトライブラリー
好文亭:徳川斉昭の思想と美意識を感じる
「陰」の空間を抜けた先で、ぜひ内部まで見学しておきたいのが好文亭(こうぶんてい)です。
好文亭は、木造二層三階建ての「好文亭」と、木造平屋建ての「奥御殿」から構成されています。建物の位置や意匠には徳川斉昭自身が関わったとされ、偕楽園の中心的な建物として造られました。「好文」という名前は、梅の異名である「好文木(こうぶんぼく)」に由来します。「学問を好めば梅が咲き、学問をやめれば梅が咲かない」という中国の故事にちなむもので、梅を愛し、学問を重視した斉昭らしい名称といえるでしょう。
建物には、木の柱や障子など日本建築らしい要素が随所に見られます。華美な装飾を施すというよりも、周囲の自然と調和し、室内から庭園の景観を楽しめるように造られているところに特徴があります。
好文亭では、文人や家臣などを招き、詩歌や管弦、茶会などが催されました。単なる藩主の別邸や休憩所ではなく、人が集まり、文化や交流を楽しむ場所として使われていたことがわかります。

内部を見学するなら、ぜひ最上階まで上がってみてください。三階の「楽寿楼(らくじゅろう)」は東・南・西に視界が開け、梅林やつつじ、萩などが彩る園内の向こうに、千波湖や遠くの山並みまで望むことができます。庭園を地上から歩いているときとは違い、偕楽園全体の広がりや、周囲の自然と一体になった景観を感じられる場所です。
好文亭からの眺めは、後世の文化人にも強い印象を与えました。明治期の紀行文で知られる大町桂月は、楽寿楼から千波湖を見下ろす眺望を称賛しています。また、正岡子規も偕楽園の景観を高く評価し、園内の梅を俳句に詠みました。北原白秋も好文亭の梅を題材に歌を残しています。こうした作品を知ってから同じ場所に立ってみると、好文亭が単なる歴史的建造物ではなく、庭園の景色を眺め、文化を楽しむための場所として受け継がれてきたことが実感できると思います。
なお、現在見られる好文亭は、創建時の建物がそのまま残っているわけではありません。1945年(昭和20年)の水戸空襲で全焼した後、1955年(昭和30年)から復元工事が進められ、1958年(昭和33年)に再建されました。その後、1969年(昭和44年)の落雷で奥御殿が再び焼失しましたが、復元工事が行われ、1972年(昭和47年)に完成しています。その後も東日本大震災による被害などを受けながら修復が行われ、現在まで受け継がれています。
建物そのものの美しさに加え、室内から見える庭園や千波湖まで含めて眺めてみると、徳川斉昭が偕楽園でどのような時間を過ごしてほしいと考えていたのかが、よりわかりやすくなるのではないでしょうか。

見晴広場:視界が開ける「陽」の世界を楽しむ
好文亭から見えた見晴広場に向かいましょう。
ここまで来ると、それまで木々に囲まれていた視界が一気に開け、空の広さや周囲の景観を感じられるようになります。この開放的な景観は、偕楽園の「陽」の世界を象徴する場所のひとつです。もちろん、見晴広場だけを訪れても、その明るさや開放感は十分に楽しめます。しかし、好文亭表門から入り、孟宗竹林や杉林、吐玉泉などの静かな「陰」の空間を歩いてきたあとに立つことで、景色の変化がより強く印象に残ります。
見晴広場では、少し足を止めて、ここまで歩いてきた「陰」の景観との違いを意識してみてください。

仙奕台:千波湖を望みながら庭園の景観を楽しむ
見晴広場見学の周辺にある仙奕台(せんえきだい)にも立ち寄ってみましょう。
仙奕台は、千波湖側へ突き出した高台にあり、湖を含む周囲の景観を見渡すことができる場所です。ここには、石造りの碁盤や将棋盤のほか、琴などを楽しむために使われたとされる石が残されています。徳川斉昭は、美しい自然を眺めながら囲碁や将棋などを楽しみ、心身を休める場所として仙奕台を設けました。
弘道館で学問や武芸に励む一方、偕楽園では自然の中で心身を休める。仙奕台も、これまで紹介してきた「学び」と「憩い」や「一張一弛」という斉昭の考えを、実際の場所から感じられる見どころのひとつです。

東西梅林と「水戸の六名木」:約100品種3,000本の梅を楽しむ
見晴広場の開放的な景観を楽しんだら、偕楽園を代表する東西梅林を歩いてみましょう。
偕楽園には、約100品種、3,000本の梅が植えられています。視界の開けた梅林は、竹林や杉林の静かな「陰」の空間とは対照的で、偕楽園の華やかな「陽」の世界を感じられる場所です。
梅林は高低差のある地形を生かして広がっているため、見る場所によって景色の印象が変わります。梅の季節には白や紅、淡い桃色などの花が重なり合い、遠くから梅林全体を眺めても、近くで一本一本の枝ぶりや花を見ても楽しむことができます。また、偕楽園には多くの品種があるため、すべての梅が同じ時期に一斉に咲くわけではありません。早咲き、中咲き、遅咲きと開花時期が異なり、訪れる時期によって違った梅を見ることができます。
梅の時期に訪れたら、ぜひ探してみたいのが「水戸の六名木」です。水戸の六名木は、園内にある多くの梅の中から、花の形や香り、色などが特に優れているものとして選ばれた6品種です。月影(つきかげ)、虎の尾(とらのお)、烈公梅(れっこうばい)、白難波(しろなにわ)、柳川枝垂(やながわしだれ)、江南所無(こうなんしょむ)が選ばれており、それぞれ花の色や形、咲き方、開花時期に違いがあります。
梅林では、「満開かどうか」だけに注目するのではなく、花に近づいて色や形、香りの違いを見比べてみるのもおすすめです。約100品種もの梅がある偕楽園だからこそ、品種ごとの違いを探しながら歩くことも、梅林ならではの楽しみ方です。梅の季節以外でも、東西梅林は視界が開けた広々とした空間となっており、偕楽園のスケールを感じることができます。
好文亭表門から始まった散策を振り返ると、静かな竹林や杉林から、見晴広場、そして明るい梅林へと、景観が大きく変化してきたことに気づくと思います。
「陰と陽」を意識すると、偕楽園の回り方が見えてくる
ここまで歩いてきた道を振り返ると、偕楽園が単に見どころを並べた庭園ではないことがわかります。
初めて訪れるのであれば、好文亭表門から歩き始め、孟宗竹林や杉林を抜けて、好文亭、見晴広場、梅林へと進む流れで巡ってみるのがおすすめです。この順番で歩くことで、静かな「陰」から、開放的な「陽」へと景観が変化していくことが感じられます。個々の名所だけを切り取って見るのではなく、歩いている途中の明るさ、音、空間の広がり、視界の変化にも目を向けることで、庭園全体の構成がよりわかりやすくなります。
偕楽園はいつ行く?梅だけではない四季の見どころ
偕楽園は全国有数の梅の名所として知られ、早春には多くの観光客が訪れます。しかし、魅力は梅の季節だけではありません。春には桜やつつじ、夏には深い緑、秋には萩や紅葉、冬には静かな庭園と早咲きの梅など、季節ごとに異なる景観を楽しむことができます。
初めて訪れるのであれば梅の季節は有力な選択肢ですが、混雑を避けてゆっくり歩きたい方や、竹林や庭園そのものを楽しみたい方には、ほかの季節もおすすめです。同じ好文亭や見晴広場、竹林でも、季節が変わると印象は大きく変わります。
早春:梅と「水戸の梅まつり」を楽しむ
偕楽園が最も華やぐのが、梅の花が咲く早春です。
園内には約100品種、3,000本の梅が植えられており、白や紅、淡い桃色など、さまざまな花が庭園を彩ります。
偕楽園の梅の大きな特徴は、品種が多く、開花時期にも幅があることです。早咲き、中咲き、遅咲きの品種が植えられているため、すべての梅が一斉に咲くわけではありません。そのため、「満開の日を一日だけ狙う」というよりも、訪れる時期によって異なる品種や花の表情を楽しめるのが、偕楽園らしいところです。
この時期には、120年以上の歴史を持つ「水戸の梅まつり」も例年開催されます。梅の開花に合わせてさまざまな催しが行われ、偕楽園周辺が一年の中でも特ににぎわう時期です。初めて偕楽園を訪れ、「まずは梅を楽しみたい」という方であれば、この時期を第一候補にするとよいでしょう。
一方、梅まつりの期間は多くの観光客が訪れるため、園内だけでなく、周辺道路や駐車場、公共交通機関も混雑する場合があります。訪れる前には、梅の開花状況に加えて、梅まつりの開催内容や交通情報も確認しておくことをおすすめします。
春:桜とつつじが彩る偕楽園を歩く
梅の季節が過ぎると、偕楽園は桜やつつじが彩る春の景観へと移り変わります。桜が咲く頃になると、梅の時期とはまた違った明るい景色が広がります。その後はつつじも見頃を迎え、園内を歩きながら季節の移り変わりを楽しむことができます。
この時期は、梅まつりの最盛期と比べると、比較的落ち着いて庭園を歩きやすいのも魅力です。好文亭や見晴広場を巡りながら春の花を楽しんだり、そのまま千波湖まで足を延ばしたりと、偕楽園と周辺をあわせてゆっくり散策する旅行にも向いています。
また、梅の花が咲く早春とは景色の印象が変わるため、以前に梅の時期を訪れたことがある方が、別の季節の偕楽園を楽しむのにもよい時期です。「偕楽園には行ってみたいけれど、梅まつりの混雑は避けたい」という方なら、桜やつつじが楽しめる春を選んでみるのもよいと思います。
夏:新緑と孟宗竹林の涼やかな景観を楽しむ
夏の偕楽園では、梅や春の花々に代わって、木々の緑そのものが見どころになります。春から初夏にかけて葉が茂り、園内は次第に深い緑に包まれていきます。
特に歩いてみたいのが、好文亭表門から続く孟宗竹林です。孟宗竹は一年を通して緑を保っていますが、夏になると周囲の杉や木々の緑も濃くなり、竹林とあわせて落ち着いた景観をつくります。竹の葉が風に揺れる音や、木陰に入ったときの空気の変化を感じながら歩くと、梅の季節とはまったく違った偕楽園の表情を見ることができます。
また、緑が深まる夏は、これまで紹介してきた「陰」と「陽」の景観の違いも感じやすい季節です。竹林や杉林の静かな空間と、見晴広場などの開けた場所を歩き比べてみるとよいと思います。
華やかな花を見ることを目的にするというより、竹林や木立の中をゆっくり歩きながら、庭園そのものの雰囲気を楽しみたい方に向いた季節です。
秋:萩の偕楽園と、もみじ谷の紅葉を楽しむ
秋の偕楽園で注目したいのが、萩(はぎ)です。萩は古くから日本人に親しまれてきた秋の花で、偕楽園でも季節を代表する景観のひとつとなっています。
梅が園内を華やかに彩る早春とは異なり、秋は園内をゆっくり歩きながら、萩や秋の草木を楽しむ季節です。好文亭や見晴広場を巡りながら、少しずつ変化していく庭園の色合いに目を向けてみるとよいと思います。
一方、紅葉を楽しみたい場合には、偕楽園本園だけでなく、周辺のもみじ谷にも足を延ばしてみてください。もみじ谷は偕楽園の拡張部にあり、秋になるとモミジなどの木々が色づきます。
そのため、秋の見どころは、「偕楽園本園では萩を楽しみ、周辺のもみじ谷では紅葉を楽しむ」と考えておくとわかりやすいでしょう。
梅の季節に比べると、秋は落ち着いた景観の中を歩きながら、庭園そのものや周辺の自然を楽しみやすい季節です。時間に余裕があれば、もみじ谷から千波湖周辺まで足を延ばし、偕楽園だけでなく周辺を含めて秋の水戸を散策するのもおすすめです。
冬:静かな庭園と早咲きの梅を楽しむ
冬の偕楽園は、ほかの季節に比べると華やかさは控えめですが、その分、庭園そのものを静かに楽しみやすい季節です。木々が葉を落とすと園内の見通しも変わり、好文亭や竹林、園内の起伏など、花の季節には気づきにくかった景観にも目が向きやすくなります。
また、偕楽園では、早咲きの梅が冬のうちから花をつけ始めることがあります。まだ多くの梅が咲いていない時期でも、園内を歩きながら最初の一輪を探してみるのも、冬ならではの楽しみ方です。梅まつりの時期と比べると、比較的落ち着いた雰囲気の中で歩けるのも冬の魅力です。
好文亭表門から入り、竹林や杉林を抜けて、好文亭や見晴広場へ向かう「陰」から「陽」への景観の変化をじっくり味わいたい方には、こうした静かな季節も向いていると思います。
寒さが厳しい日もありますので、防寒対策をしたうえで、ゆっくりと園内を歩いてみてください。
目的に合わせて偕楽園を訪れる季節を選ぼう
偕楽園は梅の名所として知られていますが、「梅を見るためだけの庭園」ではありません。
梅を楽しむなら早春、桜やつつじと散策を楽しむなら春、緑と竹林なら夏、萩や紅葉なら秋、静かな庭園を歩くなら冬と、旅の目的によって訪れる季節を選ぶことができます。季節が変われば、同じ好文亭や竹林、見晴広場でも印象は変わります。
初めてなら梅の季節を選ぶのもよいですが、四季それぞれの特徴を知っておくと、自分がどのような偕楽園を見たいのかに合わせて旅を組み立てやすくなります。
そして、水戸の旅をより深く楽しむなら、偕楽園だけで終わらせず、徳川斉昭が「学び」の場として造った弘道館や、水戸徳川家の歴史を感じられる水戸城跡、偕楽園の景観と深く結びつく千波湖にも足を延ばしてみたいところです。
偕楽園と一緒に巡りたい常磐神社・千波湖・弘道館・水戸城跡
偕楽園を訪れるなら、園内だけで観光を終わらせず、隣接する常磐神社や千波湖、さらに弘道館・水戸城跡まで足を延ばしてみるのがおすすめです。あわせて巡ることで、偕楽園の景観だけでなく、徳川斉昭の「学びと憩い」、水戸徳川家の歴史、城下町・水戸の成り立ちまでを感じることができます。
常磐神社:徳川光圀と斉昭を祀る、偕楽園に隣接する神社
偕楽園を訪れたら、東門側に隣接する常磐神社(ときわじんじゃ)にも立ち寄ってみましょう。
常磐神社は、水戸藩第2代藩主の徳川光圀(とくがわみつくに)と、第9代藩主の徳川斉昭(とくがわなりあき)を祀る神社です。光圀は『大日本史』の編纂を始め、水戸学につながる歴史研究の基礎を築いた人物です。一方、斉昭は弘道館と偕楽園を造り、幕末の水戸藩政や海防にも深く関わりました。
つまり、常磐神社には、水戸の歴史を理解するうえで重要な二人の藩主が祀られていることになります。
常磐神社の起源は明治時代初めにさかのぼります。徳川光圀と斉昭の徳を慕う人々によって、はじめは偕楽園内に二人を祀る祠堂が設けられました。その後、1873年(明治6年)に「常磐神社」の社号が与えられ、翌1874年(明治7年)に現在地へ社殿が造営されました。
現在の常磐神社が偕楽園に隣接しているのは、単に観光地どうしが近いからではなく、その成立そのものが偕楽園と深く結びついているためです。1945年(昭和20年)の水戸空襲では本殿などを焼失しましたが、1958年(昭和33年)に現在の社殿が完成しています。
偕楽園を造った斉昭だけでなく、水戸藩の歴史をさかのぼって光圀まで意識することで、偕楽園だけを見ているときよりも、水戸という町の歴史が長い時間軸で見えてきます。偕楽園の散策を終えたあと、時間に余裕があれば参拝してみるとよいでしょう。
千波湖:偕楽園を外側から眺めて景観を楽しむ
偕楽園の南東側に広がる千波湖(せんばこ)も、偕楽園とあわせて訪れたい場所です。
偕楽園を歩いていると、好文亭や見晴広場などから千波湖方面を望むことができます。しかし、千波湖は単に「偕楽園の近くにある湖」というだけではありません。長い歴史の中で偕楽園の景観を支え、現在では散策やジョギングを楽しむ人々が集まる、市民の憩いの場所としても親しまれています。さらに近年は湖畔の整備も進み、2026年には新たな交流拠点も誕生しました。
ここでは、千波湖の成り立ちから偕楽園との関係、現在の楽しみ方まで見ていきましょう。
千波湖の成り立ちと、偕楽園との関係
千波湖は、水戸の中心市街地近くに広がる淡水湖です。現在見られる湖の姿は、大正末期から昭和初期にかけて行われた改修などを経て形成されてきました。
千波湖と偕楽園の関係が深まったのは、1842年(天保13年)に徳川斉昭が湖を見下ろす高台に偕楽園を開いたことによります。
偕楽園では、園内だけで景観を完結させるのではなく、周囲の自然や地形まで景観の一部として取り込んでいます。千波湖もその重要な要素であり、偕楽園から眺める景色の「借景(しゃっけい)」として大きな役割を果たしてきました。偕楽園の開設地を決めるうえでも、千波湖の存在が意識されていたことが『偕楽園記』からうかがえます。
偕楽園から千波湖を眺めたあとには、今度は湖畔まで足を延ばして、千波湖側から偕楽園を眺めてみるのがおすすめです。見る方向を変えることで、偕楽園が高台に造られていることや、庭園と湖、周囲の地形がどのようにつながっているのかが、よりわかりやすくなります。
近代以降、市民の憩いの場所へ
千波湖は、時代とともにその使われ方も変化してきました。
高度経済成長期には、湖畔に「偕楽園レイクランド」などの大型レジャー施設が設けられ、多くの人が訪れる行楽地となりました。その後、1982年(昭和57年)に偕楽園レイクランドが閉園すると、湖畔は都市公園として整備が進み、市民が散策や運動などを楽しむ場所へと変わっていきました。
現在の千波湖は一周約3kmで、湖畔には遊歩道が整備されています。ウォーキングやジョギングを楽しむ人も多く、春には湖畔の桜、秋から冬にかけては水鳥など、季節によって異なる景観を楽しむことができます。千波湖とその周辺には豊かな自然も残されており、水戸の市街地に近い場所でありながら、自然に触れられる空間となっています。
こうした現在の姿を見ると、千波湖は「偕楽園から眺める景観」であると同時に、人々が楽しく過ごす場所として受け継がれていることがわかります。
2026年に誕生した「みと好文テラス」
千波湖周辺では近年、新しい公園づくりも進められています。千波公園の黄門像広場周辺には、2026年(令和8年)4月23日に「みと好文テラス」がオープンしました。「好文」という名前は、好文亭と同じく梅の異名である「好文木」に由来しています。
偕楽園や梅の文化とのつながりを意識しながら、湖畔でゆっくり過ごせる新しい交流拠点として整備され、レストランやカフェ、ベーカリー、アウトドア関連施設、サウナ、スポーツコートなどが設けられています。さらに、2026年(令和8年)8月には農産物直売所もオープンしており、偕楽園を見学したあとに食事や休憩を楽しむ場所としても利用しやすくなっています。
歴史ある偕楽園と千波湖の景観に、こうした新しい施設が加わっていることも、現在の水戸を知るうえで注目したいところです。
千波湖は一周せず、旅の予定に合わせて楽しむ
千波湖を訪れたからといって、必ず一周する必要はありません。
湖畔は一周約3kmあるため、偕楽園のほかに弘道館や水戸城跡なども巡るのであれば、偕楽園に近い湖畔を歩き、千波湖側から偕楽園の景観を眺める程度でも十分楽しめます。
偕楽園の中から千波湖を眺め、次に千波湖側から偕楽園を眺める。内側と外側の両方から景観を見ることで、偕楽園と千波湖が一体となってつくられてきた水戸らしい風景を、より理解しやすくなると思います。

弘道館:偕楽園とセットで訪れたい「学び」の場所
楽園とあわせて、ぜひ訪れておきたいのが弘道館(こうどうかん)です。弘道館は、水戸藩第9代藩主の徳川斉昭によって造られた藩校です。
弘道館と偕楽園は、それぞれ独立した施設ではなく、徳川斉昭が重視した「一張一弛」の考え方のもとで構想されました。偕楽園が「憩い」の場所であるのに対し、弘道館は藩士やその子弟が学問や武芸に励む「学び」の場所として位置づけられていました。そのため、偕楽園と弘道館は、それぞれを別々の観光地として見るよりも、二つをあわせて訪れることで意味がわかりやすくなります。
弘道館とは:日本最大規模を誇った水戸藩の藩校
弘道館は、1841年(天保12年)に水戸城三の丸に開かれた水戸藩の藩校です。敷地は約10万5,000平方メートルに及び、藩校としては国内最大規模を誇りました。
ここで学んでいたのは、主に水戸藩の藩士とその子弟です。学ぶ内容は儒学や歴史だけではありません。剣術などの武芸をはじめ、医学、薬学、天文学、数学、地理など幅広い分野が取り入れられていました。学問と武芸の両方を重視し、実際の政治や社会に役立つ人材を育てようとしたところに、斉昭の教育に対する考え方が表れています。
入学するのは15歳頃で、卒業という制度はなく、40歳までは登館して学ぶことが求められていました。現在の感覚でいえば、学校教育だけで終わらず、長い期間にわたって学び続ける、一種の生涯学習施設のような仕組みだったことがわかります。
現在、弘道館の旧施設は国の特別史跡に指定され、正門・正庁・至善堂は国の重要文化財となっており、弘道館を代表する建物として創建当時の面影を伝えています。2015年(平成27年)には偕楽園などとともに、日本遺産「近世日本の教育遺産群―学ぶ心・礼節の本源―」の構成文化財にも認定されました。

正門・正庁・至善堂を見ながら歩く
正門は、藩主の来館や特別な行事などの際に使用された格式ある門です。柱には、1868年(明治元年)の弘道館の戦いでついたとされる弾痕が残っており、幕末の水戸が激しい動乱の舞台となったことを伝えています。
その先にある正庁は、藩主臨席のもとで文武の試験や儀式などが行われた弘道館の中心的な建物です。内部には徳川斉昭自筆の「游於藝(げいにあそぶ)」の扁額が掲げられています。さらに奥にある至善堂(しぜんどう)は、藩主の控室やその子弟の学習の場などとして使われました。

徳川慶喜と幕末の歴史に触れる
弘道館は、江戸幕府最後の将軍となった徳川慶喜(とくがわよしのぶ)とも深い関係があります。慶喜は徳川斉昭の七男として生まれ、幼少期に弘道館で学びました。資料では5歳から11歳頃まで弘道館で学んだとされています。そして、大政奉還後の1868年(明治元年)には、再び弘道館へ戻り、至善堂で謹慎生活を送りました。かつて学んだ場所に、江戸幕府最後の将軍として戻り、時代の大きな転換点を迎えたことになります。
弘道館は、水戸藩の教育を知る場所であると同時に、幕末の政治史にも触れられる場所なのです。
梅の季節には、弘道館の梅にも注目
梅の季節に水戸を訪れるなら、偕楽園だけでなく弘道館の梅にも注目してみてください。弘道館の敷地内にも多くの梅が植えられており、春になると歴史的な建物と梅を一緒に楽しむことができます。
偕楽園では開放的な梅林を楽しみ、弘道館では歴史的な建物と梅を眺める。同じ「水戸の梅」でも、「憩い」の偕楽園と、「学び」弘道館では、それぞれ違った感情が湧くのではないでしょうか。
水戸城跡:水戸徳川家の城下町の中心を歩く
弘道館まで来たら、そのまま、向かいにある水戸城跡にも足を延ばしてみましょう。
水戸城は、北を那珂川、南を千波湖に挟まれた台地に築かれた城で、江戸時代には徳川御三家のひとつである水戸徳川家の居城となりました。現在は、往時の建物の多くが失われていますが、現存する薬医門、近年復元された大手門や二の丸角櫓などを巡ることで、水戸徳川家の居城だった時代の姿を少しずつ読み取ることができます。
水戸城とは:石垣ではなく土塁と空堀で守った城
水戸城の大きな特徴は、石垣がほとんど使われていない、大規模な土塁や空堀、台地の高低差を利用した城の構造です。
城は水戸駅の北側に広がる台地に造られ、東から下の丸、本丸、二の丸、三の丸が連なる構成となっていました。それぞれの区画は大規模な空堀によって分けられ、北側を流れる那珂川と南側に広がっていた千波湖も、天然の防御として利用されていました。
石垣や大きな天守を持たないため、一見すると質素に感じるかもしれません。しかし、実際に城跡を歩いてみると、深い堀や台地の高低差が現在の道路や鉄道の中にも残っており、地形そのものを利用して守りを固めた城だったことがわかります。
水戸城跡では、建物だけを見るのではなく、「なぜこの場所に城が築かれたのか」「どのように地形を利用して城を守っていたのか」という視点で歩いてみると、その特徴がよりわかりやすくなると思います。

馬場氏から水戸徳川家へ:水戸城の歴史をたどる
水戸城の歴史は、水戸徳川家よりもはるか以前までさかのぼります。
その起源は、平安時代末から鎌倉時代初期に馬場氏が築いた館にあるとされ、その後、江戸氏、佐竹氏へと城主が移っていきました。佐竹氏の時代には城域が大きく整えられ、現在につながる本丸・二の丸・三の丸などの配置の基礎が造られたと考えられています。
そして1609年(慶長14年)、徳川家康の11男である徳川頼房(とくがわよりふさ)が水戸藩主となり、水戸城は水戸徳川家の居城となりました。頼房は城を整備するとともに二の丸に御殿を造り、「三階物見」と呼ばれる櫓を築きました。この櫓は火災後に再建され、のちに御三階櫓(おさんがいやぐら)と呼ばれるようになります。外観は三層、内部は五階という大きな建物で、天守の代わりとなる水戸城の象徴的な存在でした。しかし、御三階櫓は1945年(昭和20年)の水戸空襲で焼失しています。
現在、水戸城を歩くときには、こうした失われた建物も頭の中で補いながら、城跡全体を眺めてみるとよいでしょう。
大手門・二の丸角櫓・薬医門を見ながら歩く
現在の水戸城跡では、いくつかの建物や復元施設を見ることができます。
まず弘道館の正面にあるのが、大手門です。大手門は城の正面玄関にあたる門で、史料や発掘調査の成果をもとに復元されました。高さ約13メートル、幅約17メートルという大きな門で、土造りの水戸城がどのような姿だったのかを想像する手がかりになります。
大手門から二の丸へ進み、茨城大学教育学部附属小学校と茨城県立水戸第三高等学校の間の細い道を進むと、二の丸角櫓があります。こちらも史料などをもとに復元されたもので、内部では水戸城に関する資料や映像を見ることができます。櫓の周辺には、発掘された当時の礎石も残されています。
戻って本丸跡まで進むと、薬医門(やくいもん)があります。薬医門は、現在の水戸城で残る貴重な歴史的建造物です。現在は茨城県立水戸第一高等学校の敷地内にあり見学することができます。学校の敷地内にあるため、授業などの妨げにならないよう、マナーを守って見学しましょう。
復元された大手門や二の丸角櫓と、長い歴史を伝える薬医門を見比べることも、水戸城跡を歩く楽しみのひとつです。

巨大な空堀に、水戸城の本当のスケールが残る
水戸城を歩くうえで、建物と同じくらい注目したいのが空堀です。現在では、かつての堀の一部が道路や鉄道として使われています。二の丸と三の丸の間にあった堀には道路が通り、本丸と二の丸の間にあった巨大な堀には、現在JR水郡線が走っています。
普段何気なく見ている道路や線路が、実は城を守っていた堀の跡だと知ると、現在の町並みの見え方も変わってきます。堀を上から眺めると、その高低差から、石垣がなくても十分な防御力を持つ城だったことを感じることができます。
水戸城跡は建物だけを追いかけるよりも、道路、線路、坂、土塁など、現在の町に残された地形を読みながら歩く城と考えると、その魅力がわかりやすいと思います。

城跡が現在も「学びの場所」として受け継がれている
水戸城跡を歩いていると、もう一つ気づくことがあります。現在の城跡には、多くの教育機関が置かれています。
本丸跡には茨城県立水戸第一高等学校と附属中学校、二の丸跡には水戸市立第二中学校、茨城県立水戸第三高等学校、茨城大学教育学部附属小学校・附属幼稚園、三の丸跡には水戸市立三の丸小学校があります。
さらに三の丸には、水戸藩の藩校であった弘道館が残されています。もちろん、江戸時代の教育制度と現在の学校教育を直接結びつけることはできません。それでも、三の丸に徳川斉昭が弘道館を造り、人材育成を重視した歴史を知ったうえで現在の町を歩くと、水戸城跡が今も多くの人が学ぶ場所となっていることに、土地の歴史のつながりを感じられるのではないでしょうか。
弘道館と水戸城跡はすぐ近くにあるため、あわせて巡りやすいのも利点です。偕楽園で徳川斉昭が造った「憩い」の場所を見て、弘道館で「学び」の場を歩き、水戸城跡で水戸徳川家の政治と城下町の中心を見る。この順番で巡ることで、偕楽園、弘道館、水戸城跡がそれぞれ独立した観光地ではなく、水戸徳川家の歴史の中でつながっていることが、よりわかりやすくなると思います。
水戸ならではのグルメと名物も旅に組み込む
水戸の名物として、まず知られているのが納豆です。水戸市内には納豆を使った料理を楽しめる店もありますので、昼食の時間を利用して味わってみるのもよいと思います。
JR水戸駅南口のペデストリアンデッキには、水戸の納豆記念碑が建っています。

また、お土産として知られているのが「水戸の梅」です。偕楽園の梅を思わせる名前を持つ水戸を代表する菓子のひとつで、偕楽園を訪れた旅の思い出にも向いています。

出典:農林水産省「にっぽん伝統食図鑑」
(https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/menu/mitonoume.html)
旅行プランの作り方:水戸・偕楽園を満喫する旅を組み立てる
偕楽園は、園内の主な見どころだけを巡るのであれば比較的コンパクトに観光できます。しかし、千波湖や弘道館、水戸城跡まであわせて巡る場合には、それぞれの位置関係や移動方法、観光に必要な時間をあらかじめ確認しておくことが大切です。
また、偕楽園には複数の入口があります。アクセスしやすい東門から入る方法もありますが、これまで紹介してきたとおり、「陰」から「陽」へと変化する景観を楽しむのであれば、好文亭表門から散策を始めるのがおすすめです。
まずは偕楽園の基本情報と位置関係を確認し、そのうえで、必要な観光時間、アクセス方法、園内の回り方、水戸市内を含めたモデルプランへと順番に整理していきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 偕楽園 |
| 所在地 | 茨城県水戸市常磐町1-3-3 |
| 問い合わせ | 029-244-5454(偕楽園公園センター) |
| 偕楽園本園の開園時間 | 2月中旬~9月30日:6:00~19:00 10月1日~2月中旬:7:00~18:00 |
| 休園日 | 偕楽園本園:休園日なし 好文亭:12月29日~31日 |
| 偕楽園本園の入園料 | 大人320円、小人160円 ※水戸の梅まつり期間中は、大人500円、小人250円 ※好文亭の入館料は別途必要 ※水戸の梅まつり期間を除き、開園から午前9時までは一律無料です。また、茨城県民は梅まつり期間外であれば、住所を確認できる書類の提示により本園の入園料が無料になります。 |
| 好文亭の入館料 | 大人230円、小人120円 |
| 主な交通拠点 | 通常:JR水戸駅 梅まつり期間の一部日程:JR偕楽園駅(臨時駅) |
| 駐車場 | 偕楽園・千波湖周辺に複数あり |
| 公式サイト | 日本三名園 偕楽園 |
偕楽園は、茨城県水戸市に位置しています。JR水戸駅の西方約2kmにあり、南側に千波湖が隣接しています。弘道館と水戸城跡はJR水戸駅の北方約500mの位置に向かい合って位置しています。そのため、水戸観光では、「偕楽園・千波湖」と「弘道館・水戸城跡」という二つのエリアに分けて考えると、移動の無駄が少なく、旅行プランを組み立てやすくなります。
偕楽園と千波湖、水戸駅、弘道館、水戸城跡の位置関係
プラン作成の考え方
水戸・偕楽園の旅をより充実させるなら、偕楽園だけで終わらせず、隣接する千波湖や、徳川斉昭が「学び」の場として造った弘道館、水戸徳川家の居城であった水戸城跡まであわせて巡るのがおすすめです。
水戸観光は二つのエリアに分けて考えるとわかりやすい
水戸・偕楽園の旅行プランを考えるときは、主な見どころを大きく二つのエリアに分けて考えるとわかりやすくなります。
一つ目が、「偕楽園・常磐神社・千波湖エリア」です。常磐神社と千波湖は偕楽園に隣接しているため、園内を散策したあと、参拝し湖畔まで足を延ばすことができます。
もう一つが、「弘道館・水戸城跡エリア」です。弘道館はJR水戸駅北口から徒歩約8分の場所にあり、水戸城の三の丸に造られた施設です。大手門や二の丸角櫓などの水戸城跡も周辺に集まっています。
偕楽園の観光にはどれくらいの所要時間が必要?
偕楽園の観光時間は、どこまで見学するかによって変わります。
偕楽園には複数の入口があります。アクセスしやすい東門から入る方法もありますが、これまで紹介してきた「陰」から「陽」へと変化する景観を楽しむのであれば、好文亭表門から散策を始めるのがおすすめです。
好文亭表門から入り、孟宗竹林、吐玉泉、好文亭、仙奕台、見晴広場、東西梅林など、この記事で紹介してきた主な見どころを巡るのであれば、60~90分程度を一つの目安にするとよいでしょう。好文亭の内部をじっくり見学したり、梅の時期に品種の違いを楽しみながら歩いたり、写真を撮ったりするのであれば、90分~2時間程度みておくと余裕があります。
さらに千波湖まで足を延ばす場合には、湖畔で過ごす時間を加えて考えます。千波湖は一周約3kmありますが、水戸市内のほかの観光地も巡るのであれば、必ずしも一周する必要はありません。
初めて偕楽園を訪れるのであれば、まずは偕楽園に90分程度を確保し、その後の予定に応じて千波湖や周辺施設を組み合わせると、無理のないプランになります。
偕楽園と弘道館は同じ日に回れる?
偕楽園と弘道館は、同じ日に十分巡ることができます。初めて水戸を訪れるなら、午前に弘道館と水戸城跡、昼食を挟んで午後に偕楽園・常磐神社・千波湖を巡る流れがおすすめです。
具体的な時間配分や移動方法は、後ほど紹介する「王道モデルプラン」で詳しく説明します。
水戸・偕楽園へのアクセス|旅行プランを立てる前に移動方法を確認
ここでは、まず水戸・偕楽園へのアクセスと所要時間を確認したうえで、偕楽園と周辺の観光スポットの位置関係、園内の王道モデルコース、水戸を1日で巡るモデルプランへと順番に整理していきます。
ここでは、まず水戸・偕楽園へのアクセスと、旅行プランを考えるうえで押さえておきたい移動方法を確認しておきましょう。
偕楽園を中心に観光する場合には、JR水戸駅を交通の拠点として考えるのが基本です。
東京方面からはJR常磐線の特急「ひたち」「ときわ」で水戸駅まで移動でき、水戸駅から偕楽園へは路線バスで約20分です。一方、弘道館や水戸城跡は水戸駅の北側にあるため、水戸駅を中心にそれぞれのエリアへ移動すると旅程を組み立てやすくなります。
また、「水戸の梅まつり」の時期には、偕楽園のすぐ近くにあるJR偕楽園駅が期間限定で利用できることがあります。
自動車の場合は、常磐自動車道や北関東自動車道からアクセスできます。偕楽園だけでなく、大洗など水戸市外まで足を延ばす場合には、自動車やレンタカーも使いやすいでしょう。
水戸・偕楽園の最寄りの交通拠点はJR水戸駅・偕楽園駅
JR水戸駅が拠点となります。水戸駅にはJR常磐線、水郡線、水戸線直通列車などが乗り入れており、東京方面からは特急「ひたち」「ときわ」を利用できます。
水戸駅から偕楽園までは路線バスで約20分です。また、弘道館は水戸駅北口から徒歩約8分のため、偕楽園・弘道館・水戸城跡を1日で巡る場合にも、水戸駅を移動の基点として考えるとわかりやすくなります。
梅の季節に訪れる場合には、JR常磐線のJR偕楽園駅が利用できることがあります。
偕楽園駅は一年を通して利用できる駅ではなく、「水戸の梅まつり」の開催時期にあわせて、一部の日程・時間帯に水戸・いわき方面へ向かう下り列車のみが停車する臨時駅です。開設日には一部の下り特急列車や普通列車が停車するので、東京方面から偕楽園へ直接向かう場合には便利な選択肢となります。ただし、偕楽園駅には東京方面へ向かう上りホームがありません。そのため、帰りは水戸駅へ移動してから東京方面の列車に乗ることになります。
偕楽園駅の開設日や停車列車は年によって変わりますので、梅まつりの時期に訪れる場合には、JR東日本の最新情報を確認してください。

水戸駅から偕楽園へ:目指す入口によってバス停を選ぶ
水戸駅から偕楽園へは、JR水戸駅北口から路線バスを利用するのが便利です。
ここで注意したいのが、偕楽園のどの入口から入るかによって、利用しやすいバス停が異なることです。
この記事で紹介してきたように、初めて偕楽園を訪れるのであれば、好文亭表門から入り、孟宗竹林や吐玉泉を経て、好文亭、見晴広場、梅林へと進むルートがおすすめです。好文亭表門を目指す場合は、水戸駅北口4番のりばから偕楽園方面行きのバスに乗り、「歴史館偕楽園入口」バス停または「好文亭表門入口」バス停で下車します。バスの乗車時間は約20分、バス停から好文亭表門までは徒歩約5~8分が目安です。
一方、東門から入園する場合は、「偕楽園東門・常磐神社北参道」バス停や「偕楽園・常磐神社前」バス停などで下車する方法があります。水戸駅北口6番のりばから「偕楽園」行きのバスを利用し、終点から東門へ向かうこともできます。
遠方からJR水戸駅まで
水戸市は、東京方面から鉄道、高速バス、自動車でアクセスしやすいほか、茨城空港を利用すれば遠方からの旅行にも組み込みやすい場所です。
鉄道でのアクセス:特急「ひたち」「ときわ」を利用する
東京方面から水戸へ向かう場合は、JR常磐線の特急「ひたち」「ときわ」を利用するのが便利です。品川駅・東京駅・上野駅方面から水戸駅まで乗り換えなしで移動でき、所要時間は列車によって異なりますが、おおむね1時間~1時間20分が目安です。水戸駅到着後は路線バスに乗り換えて偕楽園へ向かいます。
水戸駅から偕楽園までのバス移動や乗り換え時間まで含めると、東京方面から偕楽園まではおおむね2時間前後を見ておくと、余裕を持って計画できます。
東京方面からの日帰り旅行も十分可能ですが、弘道館や水戸城跡、千波湖、大洗などまで巡りたい場合には、水戸市内に宿泊するプランも検討してみるとよいでしょう。
飛行機でのアクセス:茨城空港から水戸駅へ
北海道や関西、九州、沖縄など遠方から訪れる場合には、茨城空港を利用する方法もあります。スカイマーク株式会社が、那覇、福岡、神戸、札幌(新千歳)と茨城との間を結んでいます。
茨城空港から水戸駅南口までは空港連絡バスが運行されており、高速道路を利用する便では所要時間は約40分です。航空路線やバスの運行時刻は変更されることがありますので、旅行前には茨城空港とバス会社の最新情報を確認してください。
- 【プロの旅の知恵】航空券をお得にする「陸マイラー」という選択肢
旅行費用の中でも、飛行機代は特に大きな割合を占めますよね。
でも実は、普段の生活の中でマイルを貯めて、特典航空券を手に入れる「陸マイラー」という方法があるんです。
当ブログの【陸マイラーの始め方 初心者向け完全ガイド】では、国家資格を持つ旅行のプロである筆者が、初心者の方でも安心して年間5万マイル以上を貯めるための、安全で確実な方法を7つの記事で体系的に解説しています。
旅行をもっとお得に、もっと自由に楽しむ第一歩。この機会に、あなたも陸マイラーデビューしてみませんか?
高速バスでのアクセス:東京駅から水戸駅まで約2時間
運賃を抑えながら東京方面から水戸へ向かいたい場合には、高速バスも選択肢になります。
東京方面からは、高速バス「みと号」を利用する方法もあります。東京駅八重洲南口から水戸駅までの所要時間は、おおむね約2時間です。鉄道より時間はかかりますが、乗り換えをせずに水戸駅まで移動できるのが利点です。ただし、高速バスは道路状況によって到着時間が変わることがあります。
フェリーでのアクセス:苫小牧港から大洗港へ
北海道方面から水戸・偕楽園を訪れる場合には、飛行機だけでなく、苫小牧港から大洗港までフェリーを利用する方法もあります。
商船三井さんふらわあが、北海道の苫小牧港と茨城県の大洗港を結ぶフェリーを運航しています。2026年9月現在は、夕方便と深夜便が設定されており、所要時間は便によっておおむね18〜19時間程度です。時間はかかりますが、船内で一泊しながら移動できるため、移動そのものを旅の一部として楽しめるのがフェリーの魅力です。また、自家用車やバイクをフェリーに載せることができるため、到着後に水戸・偕楽園だけでなく、大洗、那珂湊、国営ひたち海浜公園、笠間などを巡る旅行にも向いています。到着日は大洗に宿泊して海辺の観光を楽しみ、翌日に水戸・偕楽園へ向かうという旅行プランも考えられます。
大洗港フェリーターミナルから水戸駅へは路線バスを利用でき、所要時間は約40分です。また、大洗駅まで移動し、鹿島臨海鉄道大洗鹿島線で水戸駅へ向かう方法もあります。大洗駅から水戸駅までは約15分です。
フェリーの運航日や発着時刻は時期によって変わりますので、旅行前には商船三井さんふらわあの公式サイトで最新の運航スケジュールを確認してください。

自動車・レンタカーで訪れる場合:水戸IC・水戸南ICから約20分
偕楽園がある水戸市は、東京方面から自動車でもアクセスしやすく、日帰り旅行の目的地としても組み込みやすい場所です。偕楽園だけを訪れるのであれば鉄道とバスでも十分便利ですが、偕楽園から大洗など郊外へ足を延ばしたい場合には、自動車やレンタカーの自由度が高くなります。
偕楽園までは、常磐自動車道の水戸IC、または北関東自動車道の水戸南ICから、それぞれ一般道を利用して約20分が目安です。
偕楽園周辺には、偕楽園下駐車場や千波湖周辺の駐車場など複数の駐車場があります。ただし、「水戸の梅まつり」の時期は偕楽園周辺の道路や駐車場が混雑することがあります。梅の見頃に訪れる場合には、時間に余裕を持つか、鉄道やバスなどの公共交通機関を利用する方法も検討するとよいでしょう。
偕楽園の駐車場選び
偕楽園と千波湖の周辺には、複数の駐車場があります。
駐車場を選ぶときに大切なのは、「どの入口から偕楽園に入りたいのか」を先に決めておくことです。
東門側や千波湖側には比較的規模の大きい駐車場があります。一方、この記事でおすすめしている好文亭表門から散策を始める場合には、表門周辺や桜山側の駐車場との位置関係も確認しておくとよいでしょう。
ただし、梅まつり期間中は一部の駐車場の利用方法や、利用しやすい入口が通常期と異なる場合があります。たとえば、桜山第一~第三駐車場などは、梅まつり期間中と通常期で最寄りとなる本園入口が変わります。梅まつりの時期は混雑状況や交通規制も変わる可能性がありますので、出発前に偕楽園公式サイトや水戸の梅まつり公式サイトで最新の駐車場情報を確認しておきましょう。
おすすめの宿泊エリア
水戸・偕楽園を泊まりがけで訪れる場合は、翌日にどこへ行くのかまで考えて宿泊エリアを選ぶと、旅行プランを組み立てやすくなります。
偕楽園、弘道館、水戸城跡を中心に巡るのであれば、最も使いやすいのは水戸駅周辺です。
一方、偕楽園や千波湖の近くでゆっくり過ごしたい場合には偕楽園・千波湖周辺、海や魚介、大洗磯前神社まで楽しみたい場合には大洗エリア、国営ひたち海浜公園を旅の大きな目的にする場合には勝田駅・ひたちなかエリア、笠間稲荷への参拝や笠間焼を楽しみたい場合は笠間エリアという選び方もあります。
ここでは、それぞれの特徴を見ていきましょう。
水戸駅周辺:偕楽園・弘道館・水戸城跡を巡るなら基本の宿泊エリア
水戸・偕楽園を初めて訪れるのであれば、まず候補にしたいのがJR水戸駅周辺です。
水戸駅から偕楽園へは路線バスで約20分。弘道館は水戸駅北口から徒歩約8分で、水戸城跡も弘道館周辺に広がっています。そのため、偕楽園・千波湖と、弘道館・水戸城跡の両方を巡る拠点として使いやすいのが水戸駅周辺です。
また、水戸駅からはJR常磐線や鹿島臨海鉄道大洗鹿島線が利用できるため、翌日に大洗やひたちなか方面へ足を延ばす場合にも便利です。
東京方面から鉄道で訪れる場合も、水戸駅まで特急「ひたち」「ときわ」で直接アクセスできるため、到着後すぐに荷物を預けて観光を始めたり、観光後にホテルへ戻ったりしやすいでしょう。
偕楽園を中心に水戸市内を1泊2日で巡るのであれば、宿泊施設の選択肢も多い水戸駅周辺を選ぶという考え方でよいと思います。
大洗エリア:海・魚介・大洗観光を翌日に楽しみたい方に
水戸・偕楽園の観光に加えて、大洗まで足を延ばしたい場合は、大洗エリアに宿泊する方法があります。
1日目に水戸を観光したあと大洗へ移動しておけば、翌朝から大洗の観光を始めやすくなります。海辺でゆっくり過ごしたい方や、大洗・那珂湊を組み合わせたい方にも向いています。2日目に大洗磯前神社や那珂湊方面を巡る予定であれば、水戸へ戻らず大洗に宿泊することで移動を効率化できます。
勝田駅・ひたちなかエリア:国営ひたち海浜公園を旅の目的に加えるなら
翌日に国営ひたち海浜公園を訪れる予定なら、勝田駅・ひたちなかエリアに宿泊する方法があります。
勝田駅は国営ひたち海浜公園への交通拠点となるため、前日に水戸観光を終えて勝田駅周辺へ移動しておけば、翌朝から公園へ向かいやすくなります。春のネモフィラや秋のコキアなど混雑しやすい季節に訪れる場合は、朝から動きやすい場所に宿泊しておくメリットがあります。
笠間エリア:笠間稲荷神社や門前町も楽しみたい方に
水戸・偕楽園の旅に笠間を組み合わせたい場合は、笠間エリアに宿泊する方法もあります。
1日目に水戸を観光し、夕方に笠間へ移動して宿泊すれば、翌朝から笠間稲荷神社や焼き物めぐりなどを巡りやすくなります。水戸と笠間をそれぞれ半日ずつ急いで回るよりも、1泊2日に分けた方が、両方の地域をゆっくり楽しみやすいでしょう。
【旅の節約術】宿泊予約はポイントサイトを確認|条件が合えば「ポイント三重取り」も
ホテルや旅館を予約するときは、楽天トラベルやじゃらんnetなどの宿泊予約サイトへ直接アクセスする前に、ポイントサイトに対象の宿泊予約サイトが掲載されていないか確認してみましょう。
ポイント獲得条件を満たせば、次の3種類のポイントを同時に獲得できる場合があります。
- 宿泊予約サイトのポイント
- クレジットカードなどの決済ポイント
- ポイントサイトのポイント
条件がそろえば、いわゆる「ポイント三重取り」ができます。ポイントサイトで貯めたポイントは、現金や他社ポイント、マイルなどへ交換することもできます。
当ブログでは、初心者が最初に使うポイントサイトとして、モッピーを主力候補にしています。大手ポイントサイトの一つで、案件の種類が幅広く、旅行予約だけでなく、ネットショッピングやクレジットカードなどにも利用しやすいのが特徴です。
もう一つ比較するなら、ハピタスも候補になります。旅行予約やネットショッピングなど日常的に利用しやすい案件が多いため、モッピーと還元条件を比較して使い分けることができます。
最初から複数のポイントサイトを使い分ける必要はありません。まずはモッピーを中心に利用し、宿泊予約などで還元額に差がある場合にハピタスも確認するくらいから始めると管理しやすいでしょう。
以下のバナーからモッピーやハピタスに登録し、各サイトの紹介キャンペーンの条件を満たした場合は、特典ポイントを受け取れることがあります。特典内容や条件は変更されるため、最新情報をご確認ください。
なお、当ブログの紹介リンクを利用しても、氏名・住所・メールアドレスなどの個人情報や、個別の広告利用内容が筆者に開示されることはありません。
【王道モデルプラン】弘道館・水戸城跡・偕楽園・常磐神社・千波湖を1日で巡る(所要時間:約5〜7時間)
水戸・偕楽園を初めて訪れるなら、午前に弘道館と水戸城跡、午後に偕楽園・常磐神社・千波湖を巡る流れがおすすめです。
この順番なら、午前は水戸駅周辺で徳川斉昭の「学び」と水戸徳川家の歴史に触れ、午後は偕楽園で「憩い」の空間を歩いたあと、光圀と斉昭を祀る常磐神社へ参拝し、最後に千波湖から偕楽園を取り巻く景観を楽しむことができます。
「学び」→「水戸徳川家の歴史」→「憩い」→「光圀と斉昭」→「景観」とたどることで、この記事で紹介してきた水戸の歴史と文化を、実際の場所を歩きながら一つの流れとして理解しやすくなります。
観光する順番は基本的に同じですが、鉄道・バス利用と自動車利用では、弘道館から偕楽園への移動方法と旅の終わり方が異なります。それぞれの巡り方は後半で整理します。
午前:弘道館で徳川斉昭の「学び」の場を知る
旅のスタートは弘道館から始めましょう。正門・正庁・至善堂を中心に、45〜60分程度を目安に見学します。
午前に弘道館で「学び」の場を見ておくと、午後に訪れる偕楽園の「憩い」と比較しやすくなります。
弘道館からそのまま水戸城跡を歩く
弘道館を見学したあとは、大手門から二の丸方面へ進み、水戸城跡を歩きます。時間に余裕があれば、二の丸角櫓や薬医門まで足を延ばしてみましょう。
主な見どころを巡るなら、45〜60分程度が目安です。

昼:昼食をとり、午後の偕楽園へ移動する
弘道館と水戸城跡を巡ったら、昼食をとってから偕楽園へ向かいます。
鉄道・バスを利用している場合は、水戸駅周辺で昼食をとり、その後、水戸駅北口から路線バスで好文亭表門方面へ向かうと移動しやすいでしょう。自動車の場合は、弘道館周辺や水戸駅周辺などで昼食をとったあと、弘道館側の駐車場へ戻り、車で偕楽園方面へ移動します。
昼食と移動をあわせて、60〜90分程度をみておくと余裕があります。
午後:好文亭表門から偕楽園の「陰と陽」をたどる
午後は、この旅の中心となる偕楽園を歩きます。
初めて訪れるのであれば、東門から直接入るのではなく、好文亭表門から散策を始めるのがおすすめです。好文亭表門から入り、孟宗竹林 → 吐玉泉 → 好文亭 → 仙奕台 → 見晴広場 → 東西梅林 → 東門の順に歩きます。好文亭の内部も見学するなら、90分程度を目安にするとよいでしょう。
偕楽園を歩いたら、東門側から常磐神社へ
偕楽園を好文亭表門から東門方向へ歩いたあとは、隣接する常磐神社へ立ち寄りましょう。常磐神社には、水戸藩第2代藩主の徳川光圀と、第9代藩主の徳川斉昭が祀られています。
午前に弘道館と水戸城跡を歩き、午後に偕楽園を見たあとで参拝すると、光圀から斉昭へと受け継がれた水戸の歴史や、水戸学、『大日本史』、弘道館・偕楽園へと続く流れを振り返る場所にもなります。
参拝を中心にするのであれば、15〜20分程度をみておけばよいでしょう。
旅の締めくくりに千波湖の湖畔を歩く
常磐神社を参拝したあとは、千波湖を訪れます。
偕楽園の中から千波湖を眺めたあと、今度は湖畔側から偕楽園を眺めることで、庭園と湖、周囲の地形がどのようにつながっているのかがわかりやすくなります。
千波湖は一周約3kmありますが、このモデルプランでは一周する必要はありません。30分程度を目安に湖畔を歩き、湖の景観や偕楽園との位置関係を楽しむくらいでも十分です。時間に余裕があれば、「みと好文テラス」で休憩するのもよいでしょう。
鉄道・バスを利用する場合:千波湖から水戸駅へ戻る
鉄道・バスを利用する場合は、水戸駅 → 弘道館 → 水戸城跡 → 偕楽園 → 常磐神社 → 千波湖 → 水戸駅という流れで巡ることができます。
千波湖まで歩いたあとは、体力や時間に応じて徒歩または路線バスで水戸駅へ戻りましょう。湖畔を東方向へ歩きながら水戸駅へ向かう方法もあります。
公共交通機関を利用する場合は、同じ場所へ戻る必要がないため、この王道モデルプランを一方向に近い形で巡りやすいのがメリットです。
自動車を利用する場合:弘道館周辺と偕楽園周辺で駐車場を使い分ける
自動車で巡る場合は、一つの駐車場からすべての観光地を歩こうとせず、「弘道館・水戸城跡」と「偕楽園・常磐神社・千波湖」の二つのエリアで駐車場を使い分けるのがおすすめです。
午前は弘道館周辺に駐車し、弘道館と水戸城跡を徒歩で巡ります。見学後は車へ戻り、昼食を挟んで偕楽園方面へ移動します。
午後は偕楽園下駐車場を利用すると、偕楽園・常磐神社・千波湖を巡ったあとにも車へ戻りやすくなります。
この記事で紹介している「陰」から「陽」へと景観が変化するルートを歩く場合は、偕楽園下駐車場から好文亭表門まで徒歩約10分程度を目安に移動してから入園するとよいでしょう。
駐車場の場所や利用条件については、前述の「偕楽園の駐車場選び」で詳しく紹介しています。
王道モデルプランの時間配分
| 時間の目安 | 内容 |
|---|---|
| 9:30〜10:30 | 弘道館を見学 |
| 10:30〜11:30 | 水戸城跡を散策 |
| 11:30〜13:00 | 昼食・偕楽園方面へ移動 |
| 13:00〜14:30 | 好文亭表門から偕楽園を散策 |
| 14:30〜14:50 | 常磐神社を参拝 |
| 14:50〜15:20 | 千波湖の湖畔を散策 |
| 15:20以降 | 鉄道・バス利用なら水戸駅へ、自動車利用なら駐車場へ戻る。時間に余裕があれば「みと好文テラス」で休憩 |
このプランなら、観光地の見学だけをテンポよく進めれば約5時間、昼食や移動、休憩を含めてゆっくり巡る場合には約6〜7時間を見ておくとよいでしょう。
梅まつりの時期や休日は、偕楽園周辺の道路、駐車場、路線バスなどが混雑し、通常より移動に時間がかかる場合があります。好文亭の内部をじっくり見学したい場合や、水戸城跡を薬医門まで歩きたい場合にも、時間に余裕を持たせてください。
また、すべてを同じ時間配分で巡る必要はありません。歴史に興味があれば弘道館や水戸城跡を長めに、梅や庭園を楽しみたい場合は偕楽園に多めの時間を取るなど、今回の旅で一番楽しみたいことに合わせて調整するのがおすすめです。
【目的別アレンジ】季節や興味に合わせて水戸の旅を組み替える
ここまで紹介してきた王道モデルプランは、弘道館、水戸城跡、偕楽園、千波湖を1日で巡る、水戸観光の基本となる流れです。
ただし、実際の旅行では、訪れる季節や興味のあるテーマ、使える時間によって、すべてを同じように巡る必要はありません。
梅の季節なら偕楽園に多めの時間を取り、歴史が好きなら弘道館や水戸城跡をじっくり歩く。さらに、寺社や伝統文化に興味があれば笠間、海の景色や魚介を楽しみたいなら大洗まで足を延ばすなど、王道モデルプランを土台に、自分の旅の目的に合わせて組み替えるのがおすすめです。
梅を楽しみたいなら:「水戸の梅まつり」を中心に時間を組む
早春に水戸を訪れるなら、偕楽園の梅を旅の中心に据えるのがおすすめです。
王道モデルプランよりも偕楽園の滞在時間を長めに取り、東西梅林や「水戸の六名木」、好文亭周辺などをゆっくり巡りましょう。午前に弘道館、午後に偕楽園という組み方もできます。
梅まつりの時期は道路や駐車場、公共交通機関が混雑するため、通常より移動時間に余裕を持たせてください。
庭園や自然を楽しみたいなら:偕楽園と千波湖をゆっくり巡る
歴史的な建物を細かく見るよりも、庭園や自然の中を歩くことを楽しみたい方は、偕楽園と千波湖の滞在時間を増やしてみましょう。
春の梅や桜だけでなく、夏の緑、秋の萩や紅葉、冬の静かな庭園など、季節によって景色が変わるため、花の見頃だけにとらわれず、その季節ならではの景観を楽しむという旅の組み方もできます。
幕末の歴史をじっくり楽しみたいなら:弘道館・水戸城跡・回天館を巡る
水戸藩や幕末の歴史に興味がある方は、王道モデルプランを少しアレンジして、弘道館と水戸城跡の見学時間を長めに取り、さらに回天館まで足を延ばすのがおすすめです。
弘道館では水戸藩の教育と政治、水戸城跡では藩政の舞台、回天館では天狗党をはじめとする幕末水戸の内紛とその後をたどることができます。三つの場所を組み合わせることで、水戸藩の幕末史を異なる角度から見ることができます。
1日で巡る場合は、弘道館と水戸城跡に使う時間を増やし、回天館を加える一方で、千波湖の散策時間を短めにするなどして調整するとよいでしょう。偕楽園はそのまま訪れ、幕末の政治や教育の歴史を知ったあとに、徳川斉昭が造った「憩い」の場を歩く流れにすると、この記事のテーマである「学びと憩い」もより理解しやすくなります。
さらに1泊2日で幕末から明治への流れを深くたどりたい場合は、2日目に大洗まで足を延ばし、大洗町幕末と明治の博物館を加える方法もあります。
1日目は水戸で水戸藩の幕末史をたどり、2日目は大洗で幕末から明治へと日本全体が変化していった時代を見るという組み方にすると、歴史をより広い視点から楽しむことができます。
回天館や博物館は開館日・開館時間が限られる場合がありますので、旅行プランに組み込む際は事前に公式情報を確認してください。
水戸徳川家の歴史をさらに深く知りたいなら:水戸東照宮と徳川ミュージアムを巡る
水戸徳川家の歴史をさらに深く知りたい方は、水戸東照宮と徳川ミュージアムを旅行プランに加えてみましょう。
水戸東照宮は、1621年(元和7年)、水戸藩初代藩主・徳川頼房が父・徳川家康を祀るために創建した神社です。現在は頼房も祀られており、水戸徳川家の始まりと徳川家康とのつながりを知ることができます。境内には水戸徳川家ゆかりの文化財が残されており、2026年(令和8年)には、徳川光圀が造らせた常葉山時鐘を納める「常葉山時鐘門」も完成しました。
徳川家康が最初に祀られた東照宮について詳しく知りたい方は、当ブログの「久能山東照宮の見どころと旅行プラン」もあわせてご覧ください。
一方、徳川ミュージアムでは、水戸徳川家に伝来した大名道具や古文書などを通して、その歴史を実際の資料からたどることができます。
水戸東照宮で「水戸徳川家の始まり」、徳川ミュージアムで「水戸徳川家が受け継いできた文化と史料」を見るという役割分担で考えるとわかりやすいでしょう。
弘道館・偕楽園・常磐神社を巡って水戸徳川家に興味を持った方が、さらに一歩深く歴史を知るための追加プランとしておすすめです。
海の景色や魚介を楽しみたいなら:大洗・那珂湊まで足を延ばす
水戸とは違った海の景色や魚介を楽しみたい場合には、大洗や那珂湊を組み合わせるのがおすすめです。
大洗では、大洗磯前神社や海岸の景観を楽しむことができます。特に、海上の岩礁に立つ神磯の鳥居は、大洗を代表する風景のひとつです。
さらに魚介を楽しみたい方は、ひたちなか市の那珂湊まで足を延ばしてみましょう。那珂湊には、新鮮な魚介類や海産物が並ぶ那珂湊おさかな市場があり、寿司や海鮮丼などを楽しめる飲食店も集まっています。
水戸で歴史や庭園を楽しんだあとに、大洗で海の景色を眺め、那珂湊で魚介を味わえば、1泊2日の旅に大きな変化をつけることができます。大洗と那珂湊は比較的近いため、大洗磯前神社と那珂湊おさかな市場を同じ日に巡るプランも組みやすいでしょう。
公共交通機関を利用する場合は、水戸駅から鹿島臨海鉄道で大洗へ向かい、大洗観光のあとに那珂湊方面へ移動する方法があります。自動車やレンタカーを利用すれば、大洗と那珂湊をより自由に組み合わせやすくなります。
なお、幕末の歴史にも興味がある場合は、大洗で大洗町幕末と明治の博物館を組み合わせることもできます。詳しくは、前項の「幕末の歴史をじっくり楽しみたいなら」を参考にしてください。

寺社や伝統文化を楽しみたいなら:笠間まで足を延ばす
水戸・偕楽園の旅に、寺社や門前町、地域に根付いた文化も加えたい場合には、笠間まで足を延ばすのもおすすめです。笠間では、笠間稲荷神社を中心に門前町を歩いたり、笠間焼などの文化に触れたりすることができます。
水戸では、水戸徳川家の歴史や徳川斉昭の「学びと憩い」に触れ、笠間では神社や門前町の文化を楽しむことができるため、同じ茨城県内でも異なる旅の魅力を感じられます。
1日で水戸と笠間を詰め込むよりも、1日目に水戸・偕楽園、2日目に笠間という1泊2日の旅行にすると、無理なく巡りやすいでしょう。
当ブログでは、笠間稲荷神社の歴史や見どころ、旅行プランについて、別の記事で詳しく紹介しています。
笠間稲荷神社の見どころと旅行プランも、あわせて参考にしてください。
花や広大な景観を楽しみたいなら:国営ひたち海浜公園を組み合わせる
春のネモフィラや秋のコキアなど、季節の景観も旅の目的にしたい場合には、国営ひたち海浜公園を組み合わせる方法があります。
国営ひたち海浜公園は、水戸市内の観光地とは離れているため、偕楽園や弘道館と同じ日にすべて巡ろうとすると、慌ただしい旅行になりやすくなります。そのため、1泊2日であれば、1日目に水戸・偕楽園、2日目に国営ひたち海浜公園という組み方がおすすめです。
特にネモフィラやコキアの見頃には混雑することもあるため、前日に水戸または勝田駅・ひたちなか周辺に宿泊し、翌朝から公園へ向かうと計画しやすくなります。
半日しかないなら:弘道館・水戸城跡か、偕楽園に絞る
水戸で使える時間が半日程度しかない場合には、すべてを巡ろうとせず、見たいテーマに合わせてエリアを絞りましょう。
歴史を中心に楽しみたいのであれば、弘道館+水戸城跡。庭園や景観を中心に楽しみたいのであれば、偕楽園+常磐神社+千波湖。この二つの組み合わせから選ぶと、短い時間でも旅行のテーマがぼやけません。
特に偕楽園が初めてであれば、好文亭表門から園内を60〜90分ほど歩き、時間があれば千波湖まで足を延ばすだけでも、偕楽園らしい景観を十分楽しむことができます。
何を一番見たいのかを決めてから旅を組み立てよう
水戸・偕楽園の旅では、すべての観光地を一度に巡ることが目的ではありません。
梅を楽しみたいのか、水戸藩や幕末の歴史を深く知りたいのか、庭園をゆっくり歩きたいのか、それとも笠間や大洗、国営ひたち海浜公園まで旅を広げたいのかによって、必要な時間や宿泊場所も変わります。
まずは「今回の旅で一番楽しみたいこと」を決め、そこから必要な場所を加えていくと、無理のない旅行プランを組み立てやすくなります。
初めて水戸を訪れるのであれば、前に紹介した弘道館 → 水戸城跡 → 偕楽園 → 常磐神社 → 千波湖の王道モデルプランを基本にし、季節や興味に合わせて一部を増減させる方法がおすすめです。
まとめ:歴史を知れば、水戸・偕楽園の旅はもっと印象深くなる
偕楽園は、日本三名園のひとつとして知られる梅の名所ですが、その魅力は梅だけではありません。
徳川斉昭が弘道館とあわせて構想した偕楽園には、「学び」と「憩い」の両方を大切にする考え方が込められています。好文亭表門から「陰」と「陽」の景観をたどり、さらに弘道館、水戸城跡、常磐神社、千波湖まで巡ると、それぞれの場所が水戸の歴史の中でつながっていることが見えてきます。
すべてを一度に巡る必要はありません。梅、庭園、幕末史、水戸徳川家など、今回の旅で何を楽しみたいのかを決めて、必要な場所を組み合わせてみてください。
歴史や文化を知ったうえで実際の場所を歩けば、水戸・偕楽園の旅は、単に名所を巡るだけではない、より印象深い旅になると思います。
水戸・偕楽園の旅でおさえておきたいポイント
水戸・偕楽園を訪れる前に、おさえておきたいポイントを整理しておきましょう。
- 初めてなら、好文亭表門から偕楽園を歩く
- 弘道館と偕楽園をあわせて「学びと憩い」を体感する
- 常磐神社・千波湖・水戸城跡まで視野を広げる
- 梅だけでなく、四季ごとの景観を楽しむ
- 「弘道館・水戸城跡」と「偕楽園・常磐神社・千波湖」の二つのエリアで考える
- 興味や滞在時間に合わせて、無理なく旅を広げる
開園時間、交通機関、駐車場、イベントの日程などは変更されることがあります。出発前には、各施設や交通機関の公式サイトで最新情報を確認してください。
水戸・偕楽園の旅におすすめのガイドブック
旅行には紙のガイドブックを!安心感&情報のまとまりが魅力
インターネットで検索すれば最新の旅行情報が得られますが、旅には紙のガイドブックを持って行くのがおすすめです。まとまった情報を手元に持っておける安心感があり、移動中やネット環境がない場所でもサッと確認できます。地図を広げながら計画を練る時間は旅の醍醐味の一つです。必要に応じて、最新情報はインターネットで補完するとさらに便利です。
国内旅行のガイドブックを発行している会社は、株式会社昭文社、株式会社JTBパブリッシング、株式会社地球の歩き方などが大手です。それぞれ特長がありますので、お好みの一冊を選んではいかがでしょうか。
昭文社(Shobunsha)
地図のプロフェッショナル・昭文社は、以下のガイドブックを発行。特に「まっぷる」シリーズは地図が見やすく、旅行プランが立てやすいと人気です。
- まっぷる(地図の見やすさに定評)
- ことりっぷ(週末の小さな贅沢旅を提案)
- COLOR+(テーマ別に楽しめるカラフルなガイドブック)
- 山と高原地図(登山向けの詳細地図)
- ツーリングマップル(バイク旅行者向け)
- ことりっぷ国内版は、「週末に行く小さな贅沢、自分だけの旅」がコンセプト。旅好きの女性が楽しめる2泊3日の旅行プランが特徴です。(公式サイトより)
JTBパブリッシング(JTB Publishing)
旅行代理店国内最大手の株式会社JTBグループの出版部門で、旅行情報に強みを持つ出版社。「るるぶ」シリーズは情報量が豊富で、初めての旅行先でも安心!
- るるぶ(「見る」「食べる」「遊ぶ」情報が充実)
- 楽楽(持ち歩きやすいコンパクト版)
- ココミル(大人向けの上質な旅を提案)
- ララチッタ(女子旅向け)
- JTB時刻表(鉄道旅行者の必携アイテム)
- るるぶの由来:「見る」「食べる」「遊ぶ」の最後の文字をつなげたネーミング。観光・グルメ・アクティビティがバランスよく掲載されているのが魅力です。
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